江の島だより 2-a

「だけどなぜ横浜のお店の方がBTをご存知なんでしょう?」と、ツキカが不思議がるのも無理はない。

 まるで行きつけの蕎麦屋を訪うように男がひとりごく自然に、横浜のとある化粧品専門店に入ってきた。歳のころは50代後半。見るからに表皮の薄そうなちょっとセンシティヴな肌で、この年齢特有の角質肥厚は見当たらない。ほうれい線もほとんど認められず、全体に水分脂(ゆ)分が行き渡ってぽたぽたとした印象をあたえる。笑ったとき目尻に入る乾いた皺と(ここは保水しきれないのだろう)、額の生え際から頭頂部にかけての薄毛に目をつぶれば10歳は若く見える。昔はさぞいい男だったろうなと、某化粧品専門店スタッフ・よし子は思った。
 男は常連のような気安さでよし子に話しかけてきたが、もちろん初対面である。
「化粧水を買いにきた。だけどそのまえにいいクレンジングがあったら紹介してもらおうと思ってね」
 もりそばを注文したすぐあとで、「そのまえに銚子を1本」と付け足すような言い方によし子は覚えがあった。時おり昼を食べにいく近くの蕎麦屋にも、こんなふうな注文の仕方をする好々爺がいたっけな。いつもきちんとグルーミングをして、脚が悪い様子でもないのに漆黒のステッキを携えて。あのおじいちゃんは酒が運ばれてくるとベレー帽を取り、つきだしの昆布の佃煮の横にそっと置いて、最初のひと口は必ず眼を閉じて飲む。百年ぶりの滋味にありついたとでもいうようなその飲みっぷりを見ていると、辛味おろしそばを啜るよし子の喉も鳴ったものだ。
「ん?」
 男に鋭いまなざしを向けられて、よし子は自分が職業的笑顔ではない笑みを浮かべていたことに気がついた。心ここにあらずのわたしの表情に反応するとはこの男、ただ者ではない。
 確かに最近は化粧品専門店に入ってくる男性客が増えたけれど、大部分は女性化粧品を愛用する自分を恥じるようにセルフで買ってそそくさと出ていく。か、化粧品を買うのは口実で、よし子たちスタッフと無駄話に興じるのを目的とする男たちの2種類である。後者は大体において男性化粧品を買う。だが目の前の男は店に入ってきたときから女性化粧品の棚の前に立ち、ひょいと手を伸ばしてテスターのキャップを開けたりしていたのだ。そもそも男性客の口から「クレンジング」という言葉を聴いたのも、考えてみれば初めてではないか。
 もしかして業界の人? よし子は気を引き締め直して男を見た。だけどねえ、仕立ては悪くないが着ている背広は流行遅れだし、ノータイのワイシャツのボタンホールも少々クリーニング疲れしているし。
 この業界の男ならもっとお洒落な格好をするか、逆にもっと無頓着かのどちらかだ。もっともこの間「視察」にやってきた某有力店々主は、そのどちらでもなかったけれど。
 店主氏は緑地に臙脂のタータンチェック(!)のブレザーを小林旭風に肩に引っ掛けてるつもりだったのだろうけれど、わたしには吉幾三にしか見えなかった。だってねえ、出っ張ったおなかをものともせずピチピチのピンクのシャツに乳首を透かせて、冬眠から覚めた熊みたいにノソノソ歩きまわるんだもの。おまけにあのタータンチェック柄ときたら、わたし、昔別れた男の部屋に掛かってたカーテンを思い出しちゃった。(つづく)

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